3.真 姿


1.

 障子を開け放つと、清浄な空気が溢れ出した。思わず目が眩むほどのまぶしさだった。
 病に冒されながら、これほどまで清浄なオーラを保てるか。それはなぜだ。
―――奈津。
 名を呼ぶと、布団に体を横たえていた腹違いの妹がうっすらと目蓋を開いた。
―――兄上。
 天井を見たまま、蚊の鳴くような細い声で奈津が呟いた。
―――私は貴方から、何ひとつ奪おうとは思いません。
 障子を開けたままの体勢で、部屋に入ることも出来ず、立ち尽くしていた。
 奈津もこちらを見ない。

―――それでも貴方は、私を憎みますか。


            *


「……話?」
 不快そうに眉をひそめ、仁が呟いた。
 動じることもなく、都佳沙は小さく頷いた。
「この間は話を聞こうともしなかったくせに、どういう心境の変化だよ?」
 威嚇するように仁は都佳沙を睨み付けた。
 ざっ、ざっと躊躇いがちな足音が近づいてきて、左腕に別な腕が絡んできた。ちらりとそちらを見ると、木葉が怯えたように仁の腕にすがり付いていた。
「事情が少しばかり、違ってきたんだ」
 仁の威嚇も全く気にならないという様子で都佳沙が言った。
「事情?」
「呉のご当主とご長男……、君たちのお父上とお兄さんに会ったよ」
 都佳沙が言うと、二人の顔が驚きにこわばった。木葉が、仁の腕をぎゅっと強く握る。
「……それで?」
 仁は、声の端々に動揺を滲ませながらも、何とか強気を保とうとする。
「場所を変えないか。いつまでもこんなところで突っ立っているわけにもいかないだろう」
「勿体つけてないで早く言えっ!」
 気がついたら怒鳴っていた。その声に、すがり付いている木葉がびくりと震える。
 父と兄の事を聞いて、これほど動揺するとは自分自身思っていなかった。
 こんなにも落ち着かないのは、怯え、なのだろうか?
 都佳沙は、手負いの獣のようにこちらを睨みつける仁と、それに縋りつく木葉を順番に見てから、
「じゃあ、単刀直入に言う。君たちはどういうつもりで櫛引充に加担している?」
 ざわっと肌が粟立つのを仁は感じた。何か冷たいものが、たとえば冬のしんと冷えた空気のようなものが正面から吹き付けてきた。
「駅前で限定のシュークリーム出たよね」
「まじで!? 食べたい!」
「寄ってく?」
 仁と木葉の横を通り過ぎ、更に都佳沙のそばすら通り抜けて、女子生徒がふたり、校門を通り抜けていった。
 異様な空気に包まれている三人に目もくれずに。普通はこんなふうに向かい合っていれば、怪訝そうに見るのではないか?
 呆然とその様子を目で追って、仁はあることに気づいた。
 風も無いのに、都佳沙の髪がわずかに揺れている。
「結界……」
 呟いたのは木葉のほうだった。
「場所を変えるつもりはないんだろう? 聞かれたり見られたりして、楽しい話でもないしね」
 こともなげに言ってみせる。が、空間を遮断してあたりとの接触を断つ結界は、外側の圧力から身を守るものよりも難しい。
 少なくとも、仁や木葉には出来ない。
 しんと冷えた空気はちからの表れ。その冷たさに仁は慄然とした。
 力の差が、ありすぎる。
「昨日、成瀬の家で呉のご当主と嫡男覚殿とお会いしたよ」
 都佳沙が繰り返した。
 木葉のすぐ隣を男子生徒がすり抜けてゆく。隙間がない程、木葉は仁に擦り寄った。まだ9月だというのに、寒い。
「君たちは今、呉の中で暮らしていないそうだね」
「それが……」
「どういう目的で櫛引に加担している? どういうことかは、分かっているんだろう?」
「夢喰いが、夢喰いを付け狙うことが、か?」
「そのくらいは学んでいるんだろう」
 諭すような都佳沙の言葉に、仁は何故か、酷く残虐な気分になった。ふつふつと、何かどす黒いものが沸き出してきた。
「焦ってんのか?」
 卑屈な笑みが口唇の端に浮かんだのが、自分でも分かった。
 都佳沙が端正な眉を少しひそめて怪訝そうな顔をした。
 仁、と木葉が怯えたように腕を引くが、逆に振り払う。
「そうだよな。櫛引が成瀬の夢喰いと接触すると困るんだろ? 知ってるさ、そのぐらい。なら、そっちが先手打って匿ってやったらどうだ?」
 都佳沙は何も言わずに仁を見ていた。その動かない表情に歯止めが効かなくなる。
「屋敷の奥の鍵のついた窓のない部屋に入れときゃいいだろうが。4年前みたいによ! そうすりゃ櫛引だって諦めるさ」
「どういう目的で櫛引の側にいるのかは知らないけど、君たちの行動は呉本家に迷惑をかけるよ。幾ら関係ないと言い張ったところで、どうにもならない。手を引くべきだ。君たちは分かっていないんだ。血というものがどれほどのつながりを持っているのか……」
「うるさい! お前に……」
「貴方に何がわかるって言うのよ!!」
 仁よりも先に叫んだのは木葉だった。仁の左腕に縋ったまま、その腕は酷く震えているけれども。
「何の目的って、そんなのあるわけないじゃない……っ。家が……呉が助けてくれないんだもの、しょうがないわ! それしか方法がないんだもの!!」
「木葉……」
「なんでみんな、仁ばっかり責めるわけ!? そんなのおかしいじゃない……! あたしたち、櫛引さんの目的なんて何ひとつ知らないのよ、連絡だって向こうが取ってくるだけだもの! あのひとを放っといたのは呉の家でしょう!? 姉さんを助けないのも呉の家だわ! なんでそんな勝手な家に、我慢してなきゃいけないのよ!!」
 木葉の声は次第に嗚咽に揺れ始めた。
「あたしたちのためを思うような顔をして、手を引けだなんて綺麗事言わないで! あたしたちに帰るところなんて元々ないのよ。……貴方は怖いんでしょう? もしも呉に櫛引さんが制御できなくなったときが。そして貴方たちが、契約を持ち出すしかなくなった時が……」
 都佳沙の瞳がわずかに見開かれる。
 木葉は、言い捨てた。
「正直に言ったらどうなのよ!? "成瀬の夢喰いを殺したくはないんだ"って―――!!」



2.

―――夢喰いは親を殺すんだよ。

 え、という声が自分の口から漏れた。反射的に顔を上げてしまっていた。
 生ぬるい風が頬を撫でてゆく。涙の伝ったあとだけがやけに冷たかった。
 目の前には、穏やかな笑みさえ浮かべている櫛引の顔があった。
 ショックに涙が涸れたようだった。瞬きを忘れた瞳が、次第にぴりぴりと痛み出す。ゆっくりと2度瞬きすると、目に溜まっていた涙がぱらりと頬に落ちた。
「君は考えたことはないか。夢喰いはどうして一子一伝。当代ひとり限りなのか」
 夢喰いって何。ずっと考えていた疑問の答えが、そこにあるような気がした。
「夢喰いは、自分の夢を喰うことは出来ない。また、他の夢喰いに夢を喰われたら死ぬ。だから、夢喰い同士は必要以上に接触してはいけないことになっている。そのメカニズムは詳しくは知られていないけれど、僕らの力というものがそもそも、夢にあるんだろうと言われている」
 本当のことを教えてくれるかなんて、分からない。
 それでも要は動けなかった。足に根が生えたよう。
 感覚が鋭敏になって、たった一言すら聞き逃すまいとしているのが自分でわかった。
「一子一伝の力。それを一体どうやって継承するんだ?」
 蒼い双眸と真っ直ぐに目が合った。夢を喰らうものの瞳の色。けれどそれは、一馬のそれよりも数段冷たく見えた。


              *


「じゃあまた、近いうちに顔を出すから」
「……くれぐれも、お気をつけ下さいませ。出来ればこちらにご滞在いただければ一番いいのですが……」
 しぶしぶ、という様子で見送りに出た三石に苦笑を返して、一馬は玄関の扉を締めた。がらがらと鳴る音。
 一度事務所に顔を出してから家に帰ろう。要には何日か、と言い残してきたが、あんまり長居は出来なかった。
 息苦しくて。


 いつの頃からだったろう。
 飛び石の上を歩きながら、ぼんやりと考える。
 高校の2年の頃だった。はじめて倒れたのは。
 それまでは健康優良児で通してきただけ、ショックは大きかった。倒れた原因も不明のまま。
 それから、断続的に発作―――自分はそう呼んでいた―――に襲われるようになる。
 突然の眩暈と発熱。吐き気。それから極度の―――飢餓感。
 何日も食事と水を抜いたあとの、空腹を通り越したあとの、ぐるぐると渦巻く気持ち悪さ。
 カロリーが必要なのは分かっているのに、何も口にしたくないような。
 発作の間隔は、年を重ねるごとに狭まっていった。
 自分は何か、たちの悪い病に冒されているんじゃないかと、そんな心配までしていた。
 ただ飢えていた。それだけなのに。

 倒れるたびに、母は泣いていた。
 心配をかけて悪いな。そんなことをぼんやりと思った。
 彼女が着物の袖を濡らすのには、別の理由があったのも知らずに。


            *


「成人に近づくと、夢喰いの血を引くものは体に不調が現れる」
 眩暈、吐き気、発熱。充は指を折るようにして、その症状を列挙した。
「その不調は、力を受け継ぐのに、十分な体になりつつあるという指標なんだよ」
 夕陽はもう既に沈んでしまっていた。空は紫色に埋め尽くされつつある。
「そして、先代が見極めた頃に力を継承させる」
 寒気を感じて、要は、半袖から伸びている自分の腕をさすった。
 鳥肌が立っていた。

「自分の夢を喰わせるんだ」


            *


 ある日、父親の部屋に呼ばれた。
 数日前から体の不調が続いていて、酷く億劫だったのを覚えている。
 微熱が続いていて、体がやけに重かった。
 その体を引きずるようにして父の部屋まで行くと、八畳ほどの部屋の中に、父親は黙って座っていた。
―――座りなさい。
 父と向かい合わせのように置かれている座布団を指されて、頷く。
 もつれそうになる足を必死に引きずって、そこに正座した。
―――つらいか。
 座っているだけなのに、脂汗が浮いてくる。何か、訳の分からない衝動がふつふつと沸いてきていた。
 答えることも出来ず、重い首をもたげて、畳を見た。近く遠く、ピントがずれる。
 荒い呼吸が耳についた。自分の吐息。
 そのとき、視界に何かが伸びてきた。父の手、だった。
 何故か、その手に飛びつきたいと、衝動的に思った。つかみたい。
 その衝動に驚いて、小さく息を呑む。なんだ?
 今、何をしようとしたんだ?
―――掴むといい。
 父の言葉にハッと顔を上げた。がん、と殴られたように頭が痛んだ。
 こころの中を読まれたような気がして、脂汗が冷や汗に変わる。
 怖い。なんでだ。
 見つめた父の顔は、寂しげな笑みを浮かべていた。
―――この目を、しっかりご覧。この色はやがて、お前に継がれる。
 深い蒼の双眸。
―――もうお前も二十歳か。早かったな。……早すぎた。
 そのとき不意に、幼い頃の言葉が蘇る。"あまり早く大きくなってくれるな"。
―――この手を掴んで、喰らうといい。
 くらう? 聞き返した。聞きなれない言葉だった。
 ああ、「食べる」ことか。頭の中で変換して、また首をかしげる。手を取って、何を喰えと?
 差し出された"空"の手。
 躊躇っていると、父の手が伸びてきて、右腕を掴んだ。
 途端に、電流のようなものが体中を駆け抜けた。感電したように、びくんと震える。
―――拒むな、一馬。
 言い聞かせるような、諭すような声。
 さほど強い力ではないはずなのに、掴まれている腕を振り払うことが出来なかった。
 自分の内側が、拒んでいないことを知った。
―――逆らえば、お前はいずれ死ぬ。遠くない未来にだ。
 死ぬ? なんでだ?
―――恨むなら恨んでくれていい。お前に何も教えなかった。教えることが出来なかった。せめて共に暮らしている間だけは……。
 何のことだか分からない。
 頭の芯がぼぉっとしてきた。視界がぼやけて、何度も瞬きしても鮮明にならない。
 眩暈。
 どっ、どっ、と左胸の内側で心臓が激しく跳ねだした。何かを求めるような。
(食マセロ)
 そしてようやく、ここ数年間自分を苦しめてきた飢餓感の (食マセロ) 答えを知ったような気がする。
 先程手をつかみたいと、衝動的に思ったのも。

 腹が減っていたのだ。

 認めてしまったら、一瞬にしてスッと楽になった。
 次の瞬間、視界が真っ白に灼ききれた。訳の分からないまま、ただひとつだけ分かったのは、堕ちてゆくという感覚と、何かが満たされてゆく感触だけ―――。


            *


「そうしてはじめて、夢喰いは他人の意識に潜ることが出来るようになる」
「でも……」
 初めて要は、充の説明に口を挟んだ。
 引っかかるものがあった。けれどそれを聞くには酷く勇気がいる。
「でも?」
 それを知っているかのように充が促した。
 要は恐る恐る口を開く。
「……夢喰いは、夢を喰われたら、死ぬって……」
 ふっと寂しそうな笑みを口元に浮かべて、充は頷いた。
「継承と共に、先代の夢喰いは死ぬ。だから、一子一伝なんだよ」
「親を殺すって……」
「そういうことだよ」

―――俺は、人を殺したことがあるんだ。

 カズマ……。
 要は、呼び慣れた名前を呼んだ。なんだか、響きが違うような気がした。
 人を殺したことがある。そうやって告白した一馬の表情は見えなかった。
 怖いだろう? そう付け加えた声は酷く、何かに呆れているようだった。
 また別の日。彼女もいないの。いい年なのに。そう聞いたことがあった。言い合いの延長だけど。
 いいんだ。そう言って。

―――成瀬の血を伝えるつもりはない。

 夢喰いを継ぐためには生命のやり取りがあるから。
 だからあんなこと、言ったんだ。
 成瀬は、自分で最後だと、決めて。
 ひとりで。

「びっくりした?」
 充が聞いてきた。なんでだろう、と思って、要は初めて自分が泣いているのに気づいた。
 答えられずに俯いた。止め処なく溢れてくる涙を手の甲で拭う。
 切なかった。
「なんで君に、教えてくれなかったんだろうね。3年、一緒にいたんだろう?」
「そんなの……」
 聞かないで。お願いだから。
 ただでさえこんなに胸が苦しいのに。これ以上、何も聞かせないで欲しい。
 お願いだから。
 そんな願いを知ってか知らずか、充はすぅっと目を細めた。
 獲物を、捕まえる時の獣のような、尖った空気。
「君たちは本当に、理解し合えてたと思う?」
 残虐な言葉を。とどめを。
 刺す。
 本当のことを知らないままで一緒にいて、理解し合えていたと思う?

 今になって。
 辻褄が合うことが多すぎる。ひとつひとつを拾い上げるたび、胸が潰されそうに痛んだ。
 気づかなかった自分が、馬鹿みたいに思えるぐらい。
 ただ僕たちは、傷つけあわないように、傷口を避けて。
 楽しいことだけを、楽しい話だけを。じゃれあいを。
 繰り返していたのかもしれない。
 そう思ったら、今までかさねてきた3年の日々が。
 全く意味のないもののように思えた。

「銀のことも、そうだよ」
 突然別の事柄に話が移って、ついてゆけずに要は瞬きを繰り返した。
「気をつけたほうがいい。あそこまで大きい家なら、表と裏の契約は、必ず実行されるだろうから」
 車の窓が押し上げられてゆく。充の顔もやがて見えなくなった。


            *


 父親の部屋で気を失って、目が覚めたのはそれから2日もあとだった。
 むくりと布団から体を起こす。部屋の隅で、息を飲む声が聞こえた。
 ゆっくりとそちらに首を向けると、疲れた顔をした母が座っていた。
 綺麗に結っているはずの髪も、幾筋かほつれている。そんなに疲れた母の顔を、一馬は初めて見た。
―――母さん。
 母はこちらを見ていた。薄暗い部屋の中で目元がやけに光っている。目に、たくさんの涙を溜めていた。
―――何が、あったの。
 訊いた瞬間、母の目から涙が落ちた。泣き顔を間近で見たのも初めてだった。
 両手で顔を覆ってしまう。
―――母さん……。
 嫌な予感がした。ざわざわと体の中がうるさい。
―――奥様!
 断りもなしに障子が開け放たれ、春子が母を呼んだ。
 頬を伝う涙を隠そうともせず、匡子は振り返る。
―――旦那様が……。
 その言葉に、母が弾かれたように立ち上がった。少しよろめきながら部屋を飛び出してゆく。
 春子さん、こちらを見ている家族のように育った家政婦を見上げると、彼女も顔を歪ませて面を伏せた。
 立ち上がると、たった2日寝ていただけで足元がふらついた。けれど、数日間体を苦しませていたどうしようもないだるさと飢餓感は消えていた。
 立ち尽くしたままの春子の横を通り過ぎて、父親の寝室―――何気なしに寝室を連想した―――に向かった。
 近づくにつれて、予感は当たっていたことに気づく。そちらの方がわずかながらに騒がしかった。
 開け放たれたままの障子。覗き込んで、愕然とした。
 思わず口元を手で覆う。

 十以上、老けた父の姿が布団の中にあった。顔に生気はなく、肌は青白い。その肌には点々と、青いしみのようなものが浮かんでいた。
 布団の胸の辺りに、点々と赤いものがついていた。
 その枕元にうずくまるようにして、母が泣いていた。
 あの情景を、きっと一生忘れることなど出来はしない。
 苦しげに呼吸を繰り返すだけの父の姿と、長く尾を引く母の嗚咽と。
 ぱしゃりと庭で鯉が跳ねた。その音すら聞こえるほどの、恐ろしいほどの静けさ。

――― 一馬様。
 声をかけられ、恐る恐る振り返ると、沈痛な面持ちの三石がそこに立っていた。
―――三石さん、父さんは一体……。何が……。
 母の嗚咽を背に聞きながら、三石に問うた。

―――お教えします。何もかも。
 目を伏せて、三石が言った。

(どちらかが、生命を落とさねばならぬさだめでした)
(拒み続ければ、一馬様、貴方が飢えて生命を落とします)
(力を受け継げば、旦那様が……)
(どちらかしか、生き残れぬ定めなのです)

 苦しむ声も、光も、何もかも見たくなくて、蔵に閉じこもり、内から鍵をかけた。
 死んでゆくだけの温度も。感じたくはなかった。
 蔵の外で、母が泣いた。(言えなかったの)(ごめんなさい一馬……)

 父は、苦しみに苦しんだ末、三日後に死んだ。



3.

 仁たちの学校をあとにして、都佳沙は久しぶりに自分の学校へ顔を出した。
 私服だから、教師に見つかるととやかく言われるだろうと、文化祭の準備で忙しい自分の教室だけに少し顔を出す。
 あれ、都佳沙っち。
 帰り際、廊下で呼び止められ、振り返る。神田勝利がいた。
 空になったゴミ袋を引きずりながら、隣の教室に入っていくところだったのだろう。
『久しぶり。都佳沙っちはお仕事?』
 まぁね、と曖昧に返した。勝利も深く詮索はせず、ふぅん、と頷く。
『要は?』
 何気なしに訊いた。
 隣の教室はもう既に静まり返っていた。随分と順調に準備が進んでいたみたいだから、もう遅くまで残っていなくてもいいのだろうか。
『ああ。ちょっと具合が悪いって、さっき帰った』
『具合が悪い?』
『寝不足だって言ってたけど。あんまり顔色は良くなかったな、そう言えば』
 都佳沙は今日昨日と学校を休み、その前の日は要と顔をあわせることもなかった。
 素直に計算すれば3日ほど要と会っていないことになる。
 これほど顔を合わせていないのも珍しいことだな、と思っていた矢先の勝利の言葉に、なにやら嫌な予感がした。
『……そう。そっちの準備はもう終わったの?』
『大体ね。あとは女子の縫い物班に頑張ってもらう……ぐらいかな』
 社交辞令のようにお互いのクラスの進行度合いを聞きあって別れた。

 ゴミ袋を持って教室内に入った勝利がガラガラと扉を閉める音を聞き届けて、都佳沙は駆け出した。
 学校でこんなに走ったのは初めてだ、なんて、やけに冷静な自分が言った。それは不安を誤魔化したいだけ。
 階段を駆け下り、そのまま逃げ出すように学校を出た。嫌な予感が、迫ってきている。
 ざっと校門へ続く乾いた土を踏んだとき。

―――正直に言ったらどうなのよ!?

 不意に女の声が蘇ってきた。少しだけ、足がすくんだ。
 いつのまにか、人気のない校門の前で少しの間立ち尽くしている自分に気づく。
 我に返った都佳沙は、酷く重い足取りで学校の敷地から出た。
 空はすっかり紫色に覆われていた。ここからは徒歩でそう遠くない成瀬一馬の現在の住処を、足は目指している。
 しかし意識は何処か別なところをふらふらと彷徨っていた。体と意識が断絶している。
 都佳沙には珍しい現象だった。動揺していた。
―――"成瀬の夢喰いを殺したくはないんだ"って―――!!
 なんと答えたのだったか。呉木葉という、気弱そうな少女のその叫びに対して。
 一体自分はなんと答えたのだったかな。
("そうだよ"、だ)
 呆気に取られ、思わず口走った。"そうだよ、僕は一馬さんをこの手にかけたくはない"。
 木葉が言う。『それはあなたのエゴじゃない。私たちだって、守りたいものがあるんだもの。あなたと何も違わないわ』。
 瞳にいっぱいの涙を溜め、双子の兄の腕に縋りつき、叫んだきり後は嗚咽でつかえてしまう。
 そんな、感情的な弱々しい叫びに、都佳沙は反論出来なかった。出来なかったのだ。


            *


 五つのとき。都佳沙は決断を迫られた。
 当主―――祖父―――に、この家を継ぐ者になれるか、と問われた。
 それは、銀の跡取たる者が皆経験する通過儀礼のようなもので、幼子の意思は本当は関係ない。
 ただ、「はい」と頷くだけの儀式だった。
 けれど都佳沙は、その時のことをありありと覚えている。
 いつもは凛としている祖父が、家族が、何故か落ち着かない様子で座っている。空気がなんだか、頼りなくて。肌をざわりと撫でるようだった。
 都佳沙は、傍にいた父に聞いた。
 継ぐというのは、どういうことですか。
 始は、五つの息子の問いに少し面食らったように黙り、しばらく考え込んだあと。
 一族の全てを背負い、守ることだよ。と言った。
 都佳沙はその答えに満足した。

 継ぎます。

 その日から都佳沙は必死に、自分で自分を律してきた。背負い、守ること。そのために強くあること。
 厳しくあろうとした。自分にも、周りにも。
 融通が効かぬ、と周囲で囁かれることは、一定の評価だと思って来た。
 ひとりでも構わないと思った。どうせ頂点はひとつだ。
 元々自分の性格が大衆向けでないことも知っていた。丁度いい。

―――都佳沙。ちょっと。
 それは13歳の頃。学校の校門まで迎えにきた叔父が呼んだ。
 半ば誘拐されるように車に乗せられ、連れて行かれた先。まだ新しい一軒家だった。
 『成瀬』。表札。
 一馬さんに何の用。問い掛けて、返事は無く。
 インターホンも押さずに玄関を開く、非常識な叔父の背中に嫌悪すら抱いた。
 居間のドアを開けると、丁度コーヒー製作中の一馬さん―――と、ドアの開く音に怯えたように体を竦めた同い年ぐらいの少年がひとり、いた。
 ハナブサカナメ。名前とプロフィールは叔父から聞いて知っていた。
 しかし、初対面の彼は、同い年であるはずなのに酷く幼く見えた。
―――丁度同い年だし、話し相手にいいと思って。
 前に立った叔父が勝手にそんなことを説明している。僕の意思は端から無視なわけだ。
 断る理由も無く、要の座るソファーの前まで言って、右手を差し出す。
 すると要は、じっとその手を見たあと、徐々に腕に沿って視線を持ち上げ、こちらの顔を見た。
 まるで縋るような目で。
―――はじめまして。銀都佳沙。呼び捨てでいいよ。
 固まっていた要が恐る恐る手を伸ばして、右手に重ねた。
 触れた手は、思った以上に温かかった。


 あれからもう3年にもなる。
 今、門の前に立って見上げる『成瀬』という表札がかかった一軒家は、何ひとつ変わっていないように見えるのに。
(門が、開いたままになってる……)
 いつもは閉まっているはずの黒い門が、内側に開いたままになっていた。
 すっかり辺りは暗いのに、灯りはひとつもついていなかった。
 都佳沙は、玄関への二段の段差を上がり、ドアノブに手をかける。開いていた。
 体の内側がすぅっと冷えてゆくのを感じながら、ノブを手前に引く。
 開かれた先に現れたのは、最近訪れることも稀になったが見慣れた玄関。薄暗いが、闇、というわけでもない。
 そこに、黒の革靴が煩雑に脱ぎ捨てられていた。廊下には、鞄が落ちていた。
「要?」
 呼びかけても返事は無かった。居間のドアがわずかに開いている。
 出来る限り音を立てないようにドアを閉め、都佳沙は家に上がりこんだ。灯りのついていないこの家は、こんなにも冷たく見えたのか。
 廊下に投げ出されたままの鞄をとりあえず拾って、居間のドアを開ける。
 きぃ、と静まり返った家の中にドアを引く音が必要以上に響いた。
 視線をめぐらせて居間の中を探り、都佳沙の瞳は壁際に寄せられたソファーで止まった。
 ぼんやりと。ソファーに座って。
 フローリングの床を眺めるように、落とされた視点。
 要、と都佳沙はもう一度呼んだ。ゆっくりと、ひどく緩慢な動作で要が首を持ち上げて、声のほうを見た。
「しらなかった」
 感情の全く"無い"声で、不意に要が言った。
 見上げる瞳の、ガラスのような不自然な澄みぐあい。まるで、映るもの全てを反射しているような。
 全てを拒むような。そんな目だった。
「僕は何も、知らないで今まで……」
 やっと上げた顔を再び要は伏せた。頭がとても重いように。
 口元だけが見えた。ゆがんだように笑っていた。
「やさしくしてもらうことしか。痛いこととか、悲しいこととか、みんなが抱えてるものを何も……。自分が一番、可哀想だと思ってたんだ」
 自分の身に降りかかった不幸が、世界で一番のような顔になって。
 普通になりたいと望みながら、イレギュラーであった自分を、自分で特別扱いしていた。"僕は人とは違う"。
「知ろうとしたら、何だって分かったのに、怖かったから。怖かったから僕は……」
 握り締めた右の拳を額に当てて、ひどく辛そうな呼吸をした。奥から湧き上がる何かを、必死に抑えるように。
「こんなに卑怯なのに、何で都佳沙も雅さんも、僕にこんな風にやさしくしてくれるの?」
 要、と呼んだつもりだった。でも、声が出ない。
「なんでカズマは僕に……やさしくしてくれたのかな」
 色素の薄い前髪が覆い被さって、要の表情が見えなかった。声だけが震えながら、笑っていた。
 一体何があった。訊こうと思って一歩間合いを詰めると、怯えが伝わった。
 一体何が、誰が、ここまで要を追い詰めたのだろう。
「都佳沙……」
 声に涙を滲ませて、要が呼んだ。
「……って何?」
 嗚咽に邪魔をされて、声が聞こえなかった。聞き返す。
「……『契約』って、何なの?」
 どさりと音がして、足の上に何かが落ちる。鈍い痛みにも、都佳沙は表情を変えなかった。
 呆然として。
 自分が、玄関先で拾い上げてきた要の鞄を取り落としたことよりも。
 要の口から出た言葉に、驚いて。
「誰が、君に、それを、言ったの」
 都佳沙は言った。国語の授業のように、言葉が文節でぶつ切りになった。左胸の奥で、一度止まったかのように思えた心臓が、大きく鳴り出した。
 決して速くはなく。それでも、刻み付けるように確かに、つよく。
「教えてよ。もう、ごまかされるのは嫌なんだ」
 要は質問には答えずに言った。顔を上げて真っ直ぐに都佳沙を見る。
 目は涙で濡れて、はれていたけれど。必死の顔、だった。

―――兄さん、僕は卑怯だよね。都合の悪いことを隠して、やさしいふりをして、相手をつなぎとめておくのは、卑怯なことだよね。

 いつだったろう、雅とそんな話をしたことを思い出した。
 それが人ってもんだろう。年の近い叔父はそんなことを言ったけど。
(それは兄さん、貴方が強いからだ)
 そんなことを言えるのは。

「都佳沙っ……」
 焦れた要が少し声を荒げて促した。
「今は、言えない」
(ひとりで、何でも出来ると思っていた)
 本当に、つい最近まで。
 人の手をたよることは、己の弱さだと思っていた。
 ひとりで、立たねばならぬと、思ってきた。そうしてきた。
(けれど僕は寄る辺を……)
 いつのまにか、見つけていた。頼っていた。それをなくすのは、死ぬのと同じように、怖い。

 世間に出たことのない要の世話をするうちに、本当は自分も何も知らなかったことに気づく。
 屈託のない、それでいて人の気持ちに敏感な少年をはじめは、庇護するものとして、弟のように、思っていた。けれど。
 高校という、今となっては義務教育の延長のような場所に、居場所を見つけたのだってそうだ。
 クラスメート、神田勝利、そとへ。
 自分の側から差し伸べる手を、かける言葉を。知ったのは。そのきっかけは。

「そんなの、説明に……」
「僕は君に、憎まれるのは嫌だ」
 言葉がするりと落ちた。要が黙る。
 君から、憎悪の言葉をぶつけられるのは、嫌だ。
「僕が君に、全てを告げて、それで。君が僕に疑いの目を向けるのは、嫌だ。君に疑われながら戦えるほど、僕はそんなに強くないんだ」
「都佳沙……?」
「頼むから、僕を信じていてくれないか」
 虫のいい願いだった。こちらの手の内は何も見せずにただ。
 信じてもらうためには、それに足る手札を相手に、渡さねばならないのに。
「僕は、君を、裏切らない」
 言い聞かせるように、細かく切って言った。
「全てが終わって、僕が君に言ったとおりに全てが済んで、そうしたら。全部笑って話せるようになったら。何もかも言うから。君が聞きたいこと、僕が話したいこと、全て君に言うから。そしたら君は、この卑怯な僕を、殴ればいい」
 この頬を差し出す覚悟で、君を裏切らないと、そう誓うから。
「お願いだよ」
 要は黙って都佳沙を見ていた。やがて、乾ききった瞳を潤すように一度だけ、まばたきをする。
 そして、ひどく重そうな頭を一度、ちいさくこくりと、前に倒した。
「……ありがとう」


            *


 鍵をドアノブについた鍵穴にはめ込む。右に回す。かちり、開く音。
 押し開くと、ぎぃと軋みを立てた。こんなに大きな音がするドアだったろうか。
 ブラインドも閉めたまま、電気もつけない事務所の中は、暗かった。
 階段の下に取り付けてある郵便受けから取り出した広告やダイレクトメールをデスクの上に投げ出しながら、思い出したようにネクタイを緩めた。
 事務所の中が、古くなったような気がした。たった数日でも、人がいない建物は荒廃する。人がいなければ、建物は生きていられない。
 不意に苦笑を浮かべたのは、そんな建物の生き様と自分の何かが被ったように感じたからか。
 ひどく感傷的になっている、良くない。
(探偵事務所、なんて)
 来客用のソファーに座り込み、斜め上を見上げた。
 ただ普通の生活が出来ないだけじゃないか。
 "腹が減れば"、いつ倒れるか分からない。だからこんなところで、半世捨て人をしている。
 向かい合わせの二人がけのソファー。その間に置かれているテーブルの端のほうから灰皿を引き寄せる。
 内ポケットから煙草を引きずり出して、銜えた。
(人がいなければ俺は、生きていけない)
 放り出された建物のように。建物よりももっともろく、もっと早く、その形を失うだろう。
 生きてゆくために誰かを糧にするのは苦しく、この体に受け継がれたたくさんの生命を捨てる覚悟もつかなかった。
 出した結論は、自分でも情けないほど甘い妥協案。
 ひとりで生きて、死ぬ。成瀬の血はここで止める。
 最小限度の"食料"以外、摂取しないこと。そして血を、つながないこと。
 もしもこの血を受け継ぐものが出来たとしたら、きっと生かしたくなるだろう。生き延びさせたいと願うだろう。
 父がそうだったように。だから、つながない。
 そう決めていながら、一体この事務所でいくつの依頼を請け、いくつの夢を喰ったろう。
 どれだけの人に助けられ、"生かされて"きただろう。
 自分を取り巻く、たくさんのやさしい人々。
 中でも彼には―――猫のような同居人には―――救われている。彼が自覚している以上に。

 くるくると渦を巻きながら天井に上る紫煙を目で追っているうちに、瞼の奥に鈍痛がきた。
 ここ数日ろくに眠っていない。目の奥はとても重く、とても痛むのに、目を閉じても眠気はやってこなかった。意識が覚醒したまま。
 案の定、目を閉じても睡魔は訪れない。
 あきらめて一馬が目蓋を押し開けたとき、デスクの上に乗ったもはや骨董品のような黒電話が、チン、と音を立てた。
 背もたれに預けた背を起こして、黒電話を見る。間をおかず、うるさい音で鳴り出した。
 とりあえず短くなった煙草を消してはみたものの、電話に出る気にはなれず、無視を決め込むことに決定した。
 が、十回、十五回。電話はしつこく鳴り続く。けたたましいサイレンのような呼び出し音が、鼓膜に痛い。
 二十回。
 とうとう根負けして、立ち上がり、受話器を持ち上げる。
「もしもし、申し訳ないんですが今日は……」
≪成瀬さん?≫
 矢。受話器の向こうから、鼓膜を突き破り脳の中枢に。鮮やかに刺さった矢。そんな声だった。
 思わず受話器を握った手が緩んで、ずるりとそれを取り落としかける。なんとかこらえて耳に当てなおした。
≪お久しぶりですね。お元気そうで良かった≫
「櫛、引っ……」
 名前を呼ぶのさえも、痛いような気がする。ようやっと吐き出すと、受話器の向こうからふっと、笑ったような音が伝わってきた。
「お前が欲しいのは、俺の力なんだろう。回りくどい方法は止めろ……」
≪何も話してなかったんですね≫
 一馬は黙った。櫛引充の言葉はいつも、死角からの攻撃に似ている。意図しない場所に、意図しない傷を負う。
≪何も話していなかったんですね、あの子に≫
 確かめるように、もう一度言う。
 大事に大事にしてきたガラス細工が、不注意で粉々に砕け散ってしまったような。
 取り返しのつかない気持ち。
 そんな思いで全身が総毛立つのを。体中の血が凍ったように冷たくなるのを。体が石のように硬くなって呼吸すら困難になるほどの。衝撃を。
 一馬は感じた。
「……貴様っ……!」
 受話器を握る手、デスクについた手。どちらも震えていた。その手を震わせているのは憤りなのか、恐れなのか、怯えなのか、それともその全てなのか。
 分からない。
「貴様、要に何を言った!!」

 この体に流れるのは、人喰いの血。
 それを、真っ向から告げることなど、出来はしなかった。

≪隠し続けて、何になりますか≫
「お前に、それを言う権利なんて、どこにある」
≪本当に貴方を理解できるのは、私だけだ。夢喰いの痛みを理解できるのは、夢喰いだけだ≫
「俺はお前と、理解し合えるなんて思わない」
≪逃げなさい≫
 唐突に意味不明のことを聞いたような気がして、一馬は黙った。
 逃げる?
≪"契約"が、動きますよ≫
 笑いを含んだ声がそう呟いた。切ろうとする気配に思わず、「待て」と呼び止めてしまう。

「お前は何がしたいんだ」
 少しの沈黙の後、櫛引充は言った。一言だけ。

 "生き残りたい"、と―――。


            *


 銀の門をくぐったときには、もうとうに日は沈みきっていた。
 玄関に上がりこむと同時に、お手伝いの寧子が唐突に着物に着替えるようにと促した。
 急遽入った依頼だろうか?
 さすがの都佳沙もげんなりした。今日は疲れている。
「……今日は勘弁してくれないかな」
 珍しく弱気なことを言って、都佳沙は寧子の隣を通り過ぎ、自分の部屋のほうへ足を向けた。
「都佳沙」
 その足を止めさせた声があった。
 何故か死刑宣告を受けたように体がすくむ。
 嫌な予感がした。
 振り返ると、着物姿の父、始がいつもの穏やかな顔で立っていた。しかし、空気が張り詰めている。
「疲れているところ悪いんだが、着替えてくれ。これから集まりがある。お前にも出てもらう」
 分かりました、と口は答えたような気がするが、都佳沙の意識は別のところにあった。
 痛みをこらえるような顔で父が頷くのを見てから、都佳沙はとりあえず自室に足を向けた。
 船から下りた直後のように、まるで地面が揺れているような感覚にめまいすら覚える。
 自室の傍ま出来たところで、不意にその手前の障子が開いた。煙草の匂いがした。
「兄さん」
 現れた人影に呼びかける。いつもは本家にほとんどいることのない叔父の姿だった。今日の朝別れたばかりなのに、もう何日も会っていないような気がした。
 雅は答えずに目線だけを甥に向ける。
「早かったね」
 溜息混じりに言ったのは都佳沙が先。
 銜え煙草のまま雅は「ああ」と頷いた。

「"早すぎ"だ」




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