1.

 濃密な霧につつまれている。
 目を凝らしても、周囲の様子を知ることはできない。
 ラッセル領と、隣国ブリガンディアの間にまたがる広大な森、『神の庭』。森に入ってしまえば、"呪われた民"と呼ばれる先住民族の里以外、集落はない。
 ここラハルは、神の庭に最も近い、アスガルド人の街だ。森に向かって開かれている門の前に立ち、門番の男は大きなあくびを噛み殺した。
 数日続いた豪雨の影響で、夜明けから日が高く昇るまでの間、濃霧が発生するのだ。
 全く見通しが効かない。これでは、見張りの意味がない。
 元々ラハルはのどかな街だ。一応貿易の中継地点として外壁を設けてはいるが、半分以上の住民は農地を耕したり、森で狩猟や採集をして生活している。
 ここ数日こそ、領城のあるイル・ラッセルから黒旗騎士などがやってきて慌しかったものの、本来は見張りなどいらないのだ。
「しかし、遅ぇなぁ」
 反対側に立っているもうひとりの番兵が、溜息と共に吐き出した。
「何がだよ?」
「中央から来た騎士様と一緒に、森に入ってったやつらだよ。もう何日になる? シグルド討伐とか言ってたが、二年前に行方不明になった公子様が、こんな辺鄙なところにいるのかね?」
「さあな。お偉いさんの考えることなんて、俺たちに分かるかよ。……でも、そう言われてみりゃあ、結構経ってるな。何日も雨が続いたし……」
「おい!」
 相棒が、男の言葉を途中で遮った。
「何だよ、急にデカイ声出して」
「何か来る!」
 相棒が警備用の槍を構え、森の方を見据える。
「何かって……」
 青年は相棒に倣うように森を見た。濃い霧につつまれて、木々の姿すらおぼろげだ。動くものなど何も見えない。
 だが。
 何かを引きずるような音が聞こえた。森の奥から、徐々にこちらに近づいてきている。
「何だ、この音……。魔物か!?」
 門番など、暇な仕事だ。特にのどかなこのラハルでは、街の人間が独自に自警団を作り、治安を維持している。青年も、隣に立つ相棒も、特別な訓練を受けているわけではない。ただの一般人なのだ。当番で見張りをするようになってから、危険な目に遭ったことなど一度もない。繁殖期が近づくと凶暴化する魔物も、今は静かなものだというのに。
 重い荷を引きずるような音は、徐々に近づいてくる。青年は震える指で槍の柄を握り締め、音のほうへ切っ先を向けた。
 やがて、白い霧の中にうごめく影が現れた。ひどく緩慢な様子で、しかし確実に街のほうへ近づいてくる。
「何者だ!」
 相手が言語を解するかも分からぬまま、門兵は怒鳴りつけた。構えた槍が震えて、カチカチと鳴る。
 やがて、霧の中から黒い影が転がり出た。門兵は槍を構えたまま、後ろにひっくり返る。開いたままの口から情けない悲鳴が飛び出した。
「ルイド! ルイドじゃないか!」
 相棒が、槍を捨てて黒い影に駆け寄った。よくよく見てみれば、鎧をまとった人間だった。先日ラハルを訪れた黒旗騎士と共に、シグルド討伐のため『神の庭』に入ったひとりだったが……。
「どうしたんだ、その体……」
 ルイドは、森を抜けるなり地面に崩れ落ちた。駆け寄った門兵二人が、慌ててその体を抱き起こす。ルイドのあまりに異様な姿に、息を呑んだ。
 顔と言わず手と言わず、ルイドの全身は赤黒く爛れていたのだ。
「み……見ないでくれ……俺は、俺はもう駄目だ……」
「森で何があったんだ!? 他の皆はどうしたんだ!?」
「の……ろい」
 荒い呼吸を繰り返すルイドの唇から、かすれた声がこぼれた。
「ドラゴンの……呪いだ」
 途切れそうな声を振り絞って、ルイドはようやく、そう告げた。
「森の中で……シグルドに襲われた。隊は全滅だ……。俺も、呪いをかけられた……」
「もういい、喋るな! 早いところ中に運ぼう!」
 門兵二人は、両脇からルイドを抱え上げる。騒ぎを聞きつけて、人が集まり始めた門の中へ、力なくうなだれるルイドの体を運び込んだ。
「ルイド……!」
 いつのまにか出来ていた人垣を掻き分けて、若い女性が駆け寄ってくる。変わり果てたルイドの姿に大きな瞳から、はらはらと涙をこぼした。
「マリー……最期に、君に会えて、良かった……」
 口の端を僅かに動かし、ルイドは笑ったようだった。
 次の瞬間、ルイドの体が内側から発光し、光の粒子となって、粉々に砕け散った。
「……い、いやぁああああッ!」
 マリーの絶叫を引き裂くように、一羽の鴉が飛び立っていった。


            *


「これからどこに行くんだ?」
 ヴァンが、先を歩くシグルドの背に問いかけた。
 足元の草はまだ濡れている。気を抜くと張り出した木の根や水気を含んだ草に足を取られそうになる。自然、歩調はゆっくりになった。
「そうですね、そろそろ進路を決めなくては。若、これからどうしますか?」
「目的地は領城のあるイル・ラッセルだ。そこに向かうためには森を抜け、ラハルから大街道へ出るのが一番早い。だが……」
「残念ながらお尋ね者の身ですからね、まっすぐにイル・ラッセルを目指すのは、得策ではないかもしれません」
「色々面倒くさいんだな」
 辟易した様子で、ヴァンが渋面を作る。
「とはいえ、とりあえずはラハルで今後の準備を整えないことには、旅が続けられない。情報収集のためにも、一度ラハルに……」
「残念ながら、ラハルはお勧めできませんねぇ」
 唐突に割り込んできた男の声に、一行の足が止まる。
 慌てて声のもとを辿って振り返れば、先程通り過ぎた木の幹に、ひとりの男がもたれかかっていた。
「貴様、あのときの!」
 金髪に碧眼、軽薄そうな物腰。以前シグルドの前に現れた行商人だった。確か、カイル・モーガンと名乗っていたか。
「なんだこいつ、気配がしなかったぞ」
 最後尾を歩いていたヴァンが、身を低くして身構える。ほんの一瞬前通り過ぎたときには、何者の気配も感じなかった。ヴァンは契約者である以前に、大地と共に生きるイドゥナ。周囲の気配には人一倍敏感のはずなのだ。
「お気になさらず。気配を消すのが趣味なんです」
 へらへらと笑って、カイルは体を起こした。
「この変なヤツ、シグルドの知り合いか?」
「若、この男は何者です?」
 初めてカイルと対面するヴァンとフェスターは、警戒心をむき出しにする。二人とも戦士だ。この男の得体の知れなさに、引っかかりを覚えるのは仕方があるまい。
「まあまあ、そう怖いお顔をなさらずに。私はただの行商です。以前公子とそこのお嬢さんにお会いしたことがありまして」
「ルクス、本当ですか?」
「う、うん。初めてシグルドと旅を始めた日に、沢で……」
「その行商が何の用だ。気配を消して後ろから近づくなど、切り捨てられても文句は言えぬ行いだぞ」
 普段の温厚さからは想像も出来ぬほどの剣呑さで、フェスターはカイルを睨む。騎士の鋭い眼光にもひるまず、カイルは小さく笑って肩をすくめた。
「さすが、公子のこととなると目の色が変わりますね。そんなに威嚇なさらなくとも、危害を加えるつもりはありません。多勢に無勢だし、何より私はひ弱なもので」
「何の用だと聞いている」
 一に十を返してくるカイルの言葉には耳も貸さず、フェスターは重ねて問うた。右手を剣の柄にかけている。
「僭越ながら、ご忠告に」
 カイルは不敵に微笑した。公爵家の騎士であるフェスターの気迫に、全く怖じた様子もない。フェスターは更に、警戒心を強めた。
 改めて、カイルはシグルドに向き直った。
「公子、ラハルへ行くのはやめたほうがいい」
「……理由を聞こう」
「若! このような男の言うことなど……」
「ラハルは今や、憎悪の坩堝なのです。シグルド様、貴方に対する憎しみの、ね」
「どういうことだ?」
「森の中であなた方を襲った討伐隊の生き残りが、ラハルに帰り着いたんです」
「無事だった者もいるのか……」
 黒旗騎士団が一般市民に募った義勇兵は、全てスルトに焼き尽くされたものと思っていた。無事な者もいるのであれば、少しは救われる。
「お優しいですね、公子。でも、その男は全身が赤黒く変色し、虫の息だったんですよ。そして、死ぬ間際にこう言い残した。『シグルドに、ドラゴンの呪いにかけられた』と」
 衝撃が走った。そんなもの、全くの作り話だ。
「信じられない、という顔をしていますね。確かに貴方は無実だ、私はそのことを知っている。ですが、人間というのは、その目で見たものを信じてしまう性質があるんですよ。その男は、街へ着くなり光の粒となって砕け散った。そしてその粒子が、世にも恐ろしいものを人々に見せたそうです。貴方がドラゴンを呼び出し、義勇兵たちを次から次へと虐殺する光景を―――ね」
「何だって!?」
「なので今、ラハルは恐慌状態なんですよ。貴方の顔も知れ渡ってしまっている。そんなところへのこのこと出て行くことは、とてもお勧めできません」
 唇を噛んで、シグルドはうつむいた。
 カイルの話がどこまで本当なのか、今は判断のしようがない。けれど、真っ向から否定していいものだろうか?
「しかし、ラハルを通らねば、ラッセルの中央部に戻ることは出来ません」
 シグルドの懊悩を察して、フェスターが呟いた。神の庭から、イル・ラッセルへ戻るためには、ラハルを抜けるより道はないのだ。街へ立ち寄らなかったとしても、近くを通らないわけにはいかない。
「遠回りなら、出来るでしょう?」
 人差し指を立て、にこやかにカイルが提案をする。
「隣国、ブリガンディア神聖国に抜けるんです」
 怪しい行商は声をひそめ、そう囁いた。



2.

 赤々と、焚き火が燃えている。
「……結局、夜になっちゃったね」
 揺れる炎を見つめながら、ルクスがぽつりと呟いた。両足を抱え、体を小さく折りたたんで座っている。
 一行は、まだ『神の庭』の中にいた。正体不明の行商人カイル・モーガンから、最寄の町ラハルで、反シグルドの機運が高まっているという報せを受けたからだった。
「大丈夫かな、ヴァン。遅くない?」
 何かしゃべっていなければ不安なのだろう。ルクスは先程からそわそわと落ち着かない。
 シグルドは、背を木に預け、片膝を立てて座っている。
 もちろんシグルドも、ヴァンのことを気にかけている。彼は日暮れと共にスレイプニルを駆って、ラハルの様子を探りに出かけたのだった。
 確かに、一刻以上は経っているかもしれない。
 距離を考えれば、遅い――ような気がする。
「ヴァンは隠れ里の出だ。みすみす見つかったりはしないだろう」
 自分に言い聞かせるためにも、シグルドはきっぱりと言い切った。
「だよ、ね。大丈夫だよね……」
 何度も頷き、ルクスも強引に飲み込もうとする。
「若、先程の商人のことですが……」
 焚き火に薪をくべながら、フェスターが切り出した。
「何者でしょうか。飄々としているけれど、隙がない。武器は見えませんでしたが、かなりの手練れでしょう」
「僕たちを殺すつもりではない、と思う。機会ならばいくらでもあったはずだ」
 戦いの心得があるものが三人も揃っていて、気配を感じることが出来ない。カイルはそれほどの男だ。殺意があるのならば、気取られぬように後ろから矢でも使えばいいのだ。
「ならば、目的は何でしょう?」
「……僕の" 道行き"に興味がある"と言っていた」

――貴方が何を求め、何を為すのか知りたいだけです。敵でも味方でもない。今はね。

「鵜呑みにして、いいものでしょうか」
「……少なくとも今のところは、危害を加えるつもりはなさそうだ」
「あ!」
 声を上げ、ぱっとルクスが立ち上がった。ラハルの方向を向き、額に手をあて、遠くを見る。
「シグルド、ヴァンが……」
 淡い光を放つ物体が、こちらに向かってまっすぐに飛んでくる。
 なびくたてがみの美しさから、それが紛うことなくスレイプニルだと知れた。
「シグルド、火を消せ!」
 ルクスの喜びの声を打ち消すように、遠くからヴァンが叫んだ。
 弾かれたように、フェスターが焚き火に砂をかける。周囲は、一瞬にして闇に包まれた。
 やがて、ヴァンがスレイプニルの背中から軽やかに飛び降りた。美しい馬の姿は、夜闇にかき消されるように消えてしまった。
「何があった」
 すぐ傍に降り立ったヴァンに、シグルドは声を潜めて問いかける。
「自警団が森に入った。お前を探している」
「自警団? ラハルのか」
「あの男が言ってたこと、本当みたいだぞ」

――ラハルは今や、憎悪の坩堝なのです。シグルド様、貴方に対する憎しみの、ね。

 シグルドは唇を噛む。今までも罪人として旅をしてきた。後ろ指を差される覚悟もできている。それでも、憎まれるというのは気持ちのいいものではない。
「火だ……」
 震える声で、ルクスが呟いた。
 ラハルの方角から、蝋燭のように燃える火が現れた。ひとつ、ふたつと増え、森の奥へ踏み込んでくる。
 入り乱れ、揺らめきながら無数の松明が近づいてくるのだ。
「……何故森に入ってくる? 誰かが煽動しているのか?」
 赤旗騎士団がシグルドに襲われたと、民は信じ込んでいる。事実ではない映像を見せられて、動揺しているのだという。
 しかし、傷ついた兵士がラハルにたどり着いたのは朝。大量虐殺をした公子は、すでに森を離れているかもしれないではないか。森には獰猛な魔物もいる。日が落ちてから踏み込むのは危険だということは、森と隣り合わせに生きるラハルの人間が一番知っているはずなのだ。
「あんたが思ってる以上に、ラハルの人間は混乱してる。近くにあるヴィントの村も焼かれたし、次は自分たちだって怯えてるんだ」
 シグルドの隣で、ルクスが肩をふるわせた。ヴィントはルクスが生まれ育った村だ。ドラゴンの業火に焼かれた記憶を、思い出しているのかもしれない。
「……自分たちの背後にバケモノはいないんだって、確かめたいんだ、きっと」
 うつむいて、ヴァンは小声で呟いた。
 少しだけ開いた扉の向こう側を、確かめる心理と同じだ。安全なはずの住処に、忍び寄る悪夢を振り払うために、人々は危険を承知で魔物の棲む森へ踏み込む。
 人々の心にわだかまる不安は、それほどまでに肥大化しているのだ。
 唇を噛んで、シグルドはうつむいた。
「……ならば、それほどまで深く森には入り込まないでしょう。ここを離れたほうがよさそうです。焚き火の跡が見つかると、彼らは更に動揺する」
 遠くで揺れる松明が、少しずつ大きくなる。鋭い眼差しでその動きを追いながら、フェスターが荷物をまとめて持ち上げた。
「でも、どうするの? また森の奥に戻るの?」
 大きな瞳にめいっぱいの不安を浮かべて、ルクスがぐるりと一同を見回した。
 自然、視線は決断を求めるように、シグルドに集まった。
 すがるような視線に言葉では答えず、シグルドは街のほうへ背を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょっとシグルド! どこに行くの?」
 素早く駆け寄ったルクスが、隣に並んだ。

――民が苦しんでいるのに、自分だけ他国に逃れることはできない。

 隣国へ抜け、そこから領城のあるイル・ラッセルを目指すといい。カイルの提案を、シグルドはそう退けたのだった。
 カイルは困ったように笑った後で、シグルドたちを追い越し、ラハルの方へ消えたのだった。

――時には回り道が必要なこともありますよ、公子。念のため、お教えしておきます。
 すれ違い際、声をひそめて、カイルは言ったのだ。
――この近くに、巨大な岩があります。イドゥナがアスガルドの目を避けて、隣国へ抜けるために使っていた通路です。道は一本道だ。その先は、ブリガンディアにつながっている。

 戸惑う三人を引き連れて、シグルドは巨大な岩の前に立った。苔むした、人の身の丈をはるかに凌ぐ丸い石が、ずんぐりとうずくまっている。
「封印されてるな」
 ヴァンはひと目で石の正体を見抜いた。
 鋭い眼差しで、石を貫き通すように見つめている。
「封印? なにが?」
 ルクスが、隣からヴァンの顔を覗き込む。
「道」
 ルクスのほうが、ヴァンよりも僅かに背が高い。少女に見下ろされるのがあまり気に入らないヴァンは、ぶっきらぼうに答えた。
「イドゥナが使っていた道だと聞いた。ヴァンは何か知らないのか?」
「俺が生まれてからは、近くの里と行き来するぐらいで、あんまり他の集落とは交流がないんだ。婆様とか、長老たちは何か知ってたかもしれないけど」
「封印を解けるか?」
 ヴァンは唇の端を持ち上げて、意地悪く笑った。
「あんたにだって解けるぜ」
 予想外の答えだった。にんまりと笑うヴァンに、何と返したらいいか分からない。
「ドラゴンイーターだって、魔力のひとつ。シグルドだって立派な契約者だ。この扉は魔力に反応するみたいだから、そんなに難しいもんじゃない」
 静寂に包まれていた森が、次第に騒がしくなってくる。複数の足音、ちらちらと揺れる松明の炎。あまり時間がない。
「ほら!」
 ヴァンに促され、シグルドは岩に右手をかざす。
 掌がぼうっと熱くなった。契約の証である紋章が、くっきりと浮かび上がっているのが分かる。
「見えるだろ、入り口のかたち」
 シグルドは目を凝らす。発熱しているときのように、意識が散漫になる。体に一本とおっているはずの、軸がぶれる。
 揺らぐ視界に、やがてぼんやりと四角にくりぬかれた通路が見えた。巨大な岩の向こう側に、透けているようだった。
「……見える」
「そしたら、その形をじっと強くイメージするんだ。岩の壁よりも、向こう側が"ホンモノ"だって」

「おい、焚き火の跡だ! まだ新しい!」
 背後で、男の声が上がった。ルクスがはっと息を呑む。
「集中しろ!」
 静かに、けれど鋭くヴァンが叱咤する。確実に、追い詰められている。だからこそ集中しなければならない。もはやここしか、道はないのだ。
 分厚い岩の向こうに透けている、蜃気楼のような入り口を、まっすぐに見つめる。

 民が苦しんでいるのに、自分だけ他国に逃れるなんて。
 カイルを拒絶するために使った言い訳を、シグルドは思い出していた。
 そう、言い訳だった。
 意地になっていたのだ。
 回り道は、卑怯な手段だと、逃げることだと思っていた。
 ラッセルを救いたいという信念を通すためには、正攻法で進まなければ意味がないと、思い込んでいた。
 立ちふさがる苦難を全て真正面から受け止めて、乗り越える。
 英雄譚に憧れていたのかもしれない。

 けれど今はどうだ。
 時には回り道も必要なのだと、あの男は言った。
 今はここにしか、道はない。
(これは、進むための道だ)
 逃げ道ではない。

 ぱちん、と体の中で何かがはじけるような音が聞こえた。
「道だ……」
 ルクスの呟きで我に返る。シグルドは荒い呼吸を繰り返していた。
 巨大な岩には、ぽっかりと穴が開いていた。大人ひとりが立って歩けるほどの、長方形の通路。明らかに、人工的な道だった。
「若……」
 気遣うように、フェスターが呼びかける。
 シグルドは、吹き出した汗を乱暴にぬぐうと、従者と少女を振り返った。

「ブリガンディアに抜ける」



【つづく】