異人の祀



6.

「大変に、申し訳ないことをいたしました。詫びて済むことでは御座いますまいが」
 皆上史郎と名乗ったその恰幅のいい人は、良く通る声でそう言って、深々と頭を下げた。
「この村は、一体なんなんです」
 吾妻さんが、ごまかしを赦さない声音で、聞いた。
 村の東に位置する、皆上の家。
 あの晩、あのまま気を失ってしまったらしい僕と、すっかり脱力した吾妻さんは、この家に運び込まれたらしい。
 屋敷の外がやけに騒がしいのは、警察が来ているからだと、皆上さんが言った。
 五十がらみの恰幅のよい人で、眼光が鋭い。
 髪は白髪の中に黒髪が混ざっているような、不思議な色合いをしていた。
「この村は元々、山中に点在していた村村のひとつでしかない。朝廷とのあらそいに破れた権力者たちが落ち延びてきた村でしてな」
 厳かに、皆上さんは切り出した。
「朝廷。ああ、だから、”神”か」
 ようやっと納得がいったように、吾妻さんがひとりごちる。
「ええ、天皇はその昔は現人神でしたから。神と断絶した村。袂を分かった村。それが、この寒立の由来です。元はこの山々のいたるところに隠れ里があって、それぞれが神断村だったのです」
「天皇によって駆逐された地方の豪族のあつまり、と言ったところですか」
「左様。豪族とは言えども、歴史に名を残しておるわけでもない。さして力があったわけでもありませんがな。しかし、中央は、負け犬どもがひとつの場所に集まるのを恐れてですな、次から次へと討伐隊を組織しては、この村を襲いましてな。祖先たちにしてみれば、村の外からやってくるものどもは、例外なく敵、だったのですよ。故にこの村で『異人』というのは、忌むべきものだったのでしょうな」
 皆上さんの口調は、淡々としていて、よどみなかった。
 だから、異人は、敵で、仇で、のろい、だというのか。
「次から次へと滅ぼされ、やがて今のこの村だけが残った。滅ぼされた村の生き延びた人々が集まり、やがてはここがこの山唯一の神断村となったのです」
「あの、唄は、なんなんですか?」
 控えめに問うと、皆上さんは僕のほうへ顔を向けて、ああ、と頷いて見せた。
「あれは、戒めでしてな。とにかく神断村は、必要最低限よりほかは、外界との係わり合いを断ちたかった。なので、物資を調達するために山を下りたりするものたちが、麓の人里に唄を広めるのです。そのために作られたのだと聞いています。この村にある四つの唄は、周囲の村々が集まったときに自然と、集まったといわれております」
 村に、立ち入る莫れ。
 すなわち災いとなるであろう。
 生きては戻れない。
 “脅し”だったというわけか。

「こんな馬鹿げた祭りを、毎年続けていたのか?」
「とんでもない」
 作家の糾弾に、皆上さんは語尾に被せるように慌てて否定した。
「確かに、昔にはその記録があります。奇妙な人死にが突然村を襲った。これはご先祖様が恨みに耐えかねて我々の命を刈り取ってゆかれるのだ。それならばその怒りを静めるために、にっくき異人の魂をささげようではないか。しかしそれは、ただの疫病です。今の科学と照らし合わせてみればすぐに分かる。呪いなど、ないのです」
 のろいなどない、と皆上さんはきっぱりと言い放った。
「だが、遠藤さんと巌、さんだっけ? その二つの家は信じていたみたいだけどな」
「巌で、立て続けに人死にがあったのは事実です。晃子さんの旦那と、この村で生まれ育って巌に嫁いだ晃子さんの妹が、立て続けになくなって、晃子さんも相当参っていた。そんなときに、姑さんが―――キクさんというんだが、どうやら少々妄想癖のあるお人でな。これは呪いだといい始めたのだ」
「じゃあ、異人の祭りは―――」
「火を焚く慣習は勿論残ってはいた。が、あんな下らん人殺しの所業を行っていたわけではない」
 語気を荒げて、皆上さんが言い切った。
 しばらく、座敷の中に沈黙が下りた。
「……しかし、呪い、というのならば、呪いなのかもしれん」
 今までの、皆上さんらしくない弱気な声が、こぼれて落ちた。
「村の成立の伝承がどうあれ、この村はつとめて外界との接触をしないようにひっそりと暮らしてきた。この村に住むもののほとんどが血縁だ。外から嫁に来るものや婿に入るものはほとんどいない。そのせいか、近頃は体の弱いものも増えた。呪いというのならば、これが、呪いなのかもしれん」
 この村も、そろそろ仕舞いなのかもしれんな、と。
 うな垂れて、皆上さんがつぶやいた。


             *


「……悪かった」
 山を下る道中、長い間押し黙っていた吾妻さんが口を開いた。
「とんだ目に遭わせちまったな。俺、一馬に殴られにいかないと」
「もう僕も二十歳過ぎてるんですよ。カズマは関係ありません」
 補足しておこう。
 一馬、というのは僕が縁あって昔一緒に暮らしていた男であり、件の探偵事務所の持ち主であり、吾妻さんの大学時代の後輩であり、僕の事実上の保護者に当たる―――という、肩書きばかりが多くて、よく実情の分からない男のことである。
 そのことは、今回関係ないので、放っておくことにする。補足、終わり。

 何も、吾妻さんにだけ責があるわけではない。
 ついてきたのは僕の意志であって、吾妻さんに引きずられてきたわけじゃない。
 責任なら、僕にもないわけではなかった。
「でも、一体誰なんですか、吾妻さんに寒立村のことを教えてくれたのって」
 元々は、それが原因のような気もするけれど。
 それがねぇ、と吾妻さんが首を傾げる。
「俺も編集者さんの知り合いからの又聞きだから、具体的に誰から聞いたのか分からなくって」
 しかし、皆上さんの話では、ここ数年、時折遠藤の家には『異人』が訪れていたという話だから、もしかして、この村のことを”宣伝”して歩くような役割の人間が、いたのかもしれないということだった。
 夜中に村中が一斉に火を焚き、広場の中央でキャンプファイアーのような巨大な炎を燃やす。そこに家々から持ち寄った日用品を投げ入れる―――。
 それだけでも、随分と珍しい慣習だ。気になって、寒立を訪ねる人もあったのだろう。僕たちのように。
 その人々は、一体どうなったのだろうか。


「蘭子ちゃん、って言ったっけ、あの子」
 運転席の窓を半ばほどまで開けて、吾妻さんは煙草を取り出す。
「礼もろくに言えなかったなァ」
 助けてもらったのにさ、と吾妻さんが嘆息する。
 結局、遠藤の敷地から、人骨と思われる骨が見つかったということで警察が村に立ち入ったから、僕たちは慌てて山を下りてきた。
 おそらく、刑法に当てはめれば、今回の僕たちへの仕打ちも、暴行や拉致監禁、果ては殺人未遂にまで至るのだろうが、関わらないことにした。


 遠藤の家の傍まで車を取りにいったとき。
 門の影から、白い着物がこちらを伺っていた。
 視線に気がついて振り返ると、蘭子―――という名前なのだと後に皆上さんから聞いた―――が僅かに開いた門の隙間から体を乗り出して、こちらを見ていた。
 視線が会うと、あからさまに体を強張らせたようだったけれど、その強張った体で門の外まで出てくると、体をきれいに折り曲げて、深々と頭を下げた。
 父を不慮の事故で失い、母も祖母も警察によって調べられるのだろう。
 やるせなかった。
 僕らが立ち去るまで、蘭子ちゃんは頭を上げなかった。



 暑くなってきた、と吾妻さんが窓を閉じる。
 吸殻を灰皿に押し込んで、クーラーをつけた。
 ズボンのポケットから、いきなり振動が伝わってきて、ここ数日のせいですっかりと弱っていた僕の心臓が、大きく跳ねた。
 ようやく電波を取り戻した携帯電話だった。
 新着メール。
 今まで電波が届かなかったせいで溜まっていたメールが一気に十数通届いていた。
 最新のメールを開く。
 大学の友人からだった。

 『TITLE:避暑?
 おまえまた旅行に行ってるんだって?
 山? 超うらやましー。涼しいんだろ。
 東京は今日も37度。夏真っ盛り。
 覚悟して帰ってこいよ。
 そして、土産は買え。』

 三十七度?
 想像しただけでもげんなりした。
 それと共に。
 残りのメールにざっと目を通しながら、自分が、今まで生活していた環境に、戻りつつあることを知る。
 イレギュラーで、非現実的な環境ではなく。
 生まれ育った世界へ。リズムへ。
 帰る。

「東京、三十七度らしいですよ」
 携帯電話を折りたたんで、ポケットにしまった。
「まじで! うわー、最悪だ。なんなんだあの街は。沖縄だって三十四度ぐらいで頑張ってんのに。ありえなくないか。魔境だ魔境」
 その魔境が、僕らの生きている世界なのだ。
 山を下りきって、国道に出る。
 高速道路に乗る。
 異界は、みるみる遠くなった。
 たった一日やそこら前の、あの非現実的な体験が、今では夢ではないかと思えるぐらい、現実味を失っていた。
 そしていつか、なまなましさを忘れてゆく。
 蝉が鳴いていた。
 車は順調に、吾妻さんがいうところの魔境に向かって、流れていた。



<了>




夢喰い

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